2007年02月

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昭和23年、戦後復興の象徴として、そして日本最大、最速のSLとしてC62型は48輌が製造されました。
そして東海道本線で特急「つばめ」「はと」等を牽引、なかでも2号機は「つばめ」牽引機としてデフにつばめのマークを付けられました。(このあたりの話しはさすがに古すぎてよくは知りません)
昭和31年東海道線全線電化に伴い働き場所を失ったC62の内数輌が津軽海峡を渡り小樽築港に配属され、道内の急行列車牽引の任に就きます。
そんな中に栄光のC62 2号機は、つばめのマークを付けたままの姿で小樽~長万部までの勾配区間を妹3号機と共に駆け抜け、その姿は日本中のSLファンを魅了、さらに海外のSLファンまでをも北海道へ呼び寄せる程有名になって行きました。
昭和46年栄光の急行牽引機としての仕事をDD51に譲った後、京都梅小路蒸気機関車館開業を待って帰ってきたC62 2号機は、梅小路開業直後から翌年の昭和48年の車検切れまでの間の一年間に数回SL白鷺号として京都~姫路間を走りました。当時小学6年生~中学1年生だった私は、夢を見ているように女王C62 2号機を見に地元神戸駅に何度も行きました。
1973,5 SL白鷺号 C62 2号機 神戸駅にて

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昨日は、4X4マガジン社から年に一回発行される4X4ガイドブックという本の取材で、またまた奈良トライアルマウンテンに行っておりました。これで暫く取材ないと思うんですけど・・・次回の用事は3月10~11日にインテックス大阪で行われるアウトドアフェスティバルへの出店、展示ですね。
写真は、レポーター氏と何処を撮ろうか?と打ち合わせ中のカメラマン氏・・この方神戸在住のカメラマンで通称「浅ヤン」です。

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撮影場所は、機関区ではなく機関支区だった出雲市駅の裏手です。
奥側のD51は以前伯備線の豪渓駅で出くわした来るはずのないD51 869号機です。
手前はD51 499以外では余り知られていない山陰の後藤工場式デフを装備したD51 833号機です。
この機関車は又別に後日カラー写真をアップしますね!
1973,8,23 山陰本線 出雲市機関支区 D51 833 & D51 869

昨日このブログを訪問頂いた方のお好み焼きネタにコメントを書きながら思い出しました。
私がアメリカで住んでいた所はロスアンジェルスの南、ディズニーランドの近くでしたが、休日の昼食が、ハンバーガーやタコス、カップヌードルばかりだとイヤになるので、時々ロスアンジェルスのリトル東京に行って日本食を食べてました。そんなレストランのなかにお好み焼きを出してくれる店がありました。っと言ってもお好み焼きというだけで中の具材が選べる訳ではありません・・まあいいわと思いオーダーしました。暫くして届いた物は、楕円形のお皿に載ったお好み焼きで、空いたスペースに綺麗にサラダが盛りつけされていて・・一緒にナイフとフォークが添えられていました・・・
・・・???「すいません、箸下さい!!」・・・

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重連で仁保を出発する前、対向の特急おきの通過待ちのため、やまぐち号は仁保駅でしばし休息します。この間に運転室では、ここまでで減ってしまった蒸気の回復のため、給水ポンプでガンガン水を送りながら、石炭もガンガンくべてボイラー圧力を上昇させます。すると私の真横で「バシューン」と大音響と共にC57の安全弁が吹き始めました・・・その時特急おきが顔を出しました。
1988,9 山口線 仁保駅にて C57 1+C56 160 重連 SLやまぐち号

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